2021.10.13-16 聖岳・赤石岳

<メンバー>たらちゃん
<概要>一度数年前に撤退した赤石岳にリベンジにむかったが、雨と晴れの地獄と天国を味わうこととなった。

<行程>
10月12日 移動日 赤石温泉白樺荘泊(静岡市営) 
10 月13日 沼平ゲート6:00-自転車-赤石岳登山口で自転車デポ-聖沢登山口7:30-聖平冬季避難小屋 12:30
10月14日 聖平冬季避難小屋 5:30-聖岳山頂 7:20-聖平小屋 8:30-聖沢登山口13:20
赤石温泉白樺荘泊
10月15日 沼平ゲート5:30-自転車-赤石岳登山口で自転車デポ-赤石岳登山口6:30-赤石小屋 10:15-赤石岳山頂 12:30-赤石冬季避難小屋 15:10
10月16日 赤石冬季避難小屋 6:00-赤石岳登山口7:50 小山15:00

<詳細報告>遅い夏休みをもらって、一度数年前に撤退した赤石岳にリベンジにむかった。

10月12日
初日は移動日でのんびりと。ググって道沿いの静岡おでんの有名店、白鳥食堂へ。静岡おでん?と聞いたことがなかったが、真っ黒の汁で、みそとだしこ?をかけて食べる。85年間継ぎ足してきた汁らしい。これは夜食にテイクアウトして、タンメンとチャーハンを注文したが、どちらも味はそこそこであった。そこから静岡市営の白樺荘までの山道が長い。白樺荘は清潔、温泉はアルカリ性のぬるぬるした湯で素晴らしい。夕食もこれでもかと唐揚げなど品数も多く、生ビール飲みながら全て込みで7000円、市営はやすい。部屋もツインを一人で、満足であった。

10月13日
朝は雨が降っていず、それほど雨量は多くないとの予報であったので、ある程度は濡れる覚悟で沼平ゲートへ。いつもの電動アシストマウンテンバイクでヘッドライトつけて赤石岳登山口まで走り出すも、熊や鹿が飛び出してきたらどうするなど考えながら17キロの上り基調の道をいくが、途中から雨がパラパラと降り出す。道はガタガタの上に水溜りがやたらにあり、雨具を着ていたが、泥が跳ねてすでに悲惨なことになっている。電動アシストとはいえ、相当な体力を使い、ようやく椹島の赤石岳登山口にたどりつく。自転車が1台デポしてある。地球ロックをかけて、聖沢登山口まで歩くこと30分、この頃には小雨であった。このまま小雨であることを願い、最初の急登にとりかかる。この登山道はトラバースが多く、吊り橋や沢を渡ること多数あり。途中から本降りの雨となり、雨具を着ていても隙間から水が入り込み、ザックカバーをしていてもカバーを外しておにぎり出したり、ものを出すことがあるので、それなりに濡れる。雷の音もしてきて、早く小屋にたどり着かないとやばいかもと本気で思う状態になった。数年前の荒川小屋から雨と風の強い中、大聖寺平あたりで石の影にはいってじっとして、これはダメだと小赤石岳までゆくも、濡れ鼠で赤石小屋の方へ下りた記憶が蘇る。梯子などが壊れていたり、板が腐っていたりと気を遣う場所も多く、全く人がいないのでそれも輪をかけて気力を奪う。小屋から1キロ手前あたりで初めて三人の登山者とすれ違った。この頃登山道は雨で小川の様になっており、ゴアテックスの登山靴でもぐちょぐちょで、明日までに乾かないなと絶望的になりながら、やっと聖平小屋に到着。冬季避難小屋ではあるが、中はかなり広く立派な造りである。持ってきた着替えを着て、コーヒーを作り生き返る。一人でいると物音が幽霊の様な気がしてくるので、ラジオをききながらただただ時間が過ぎるのを待つ。外は大雨で明日予報は晴れだが、登山道はどうなっているのか気になってしょうがない。靴や濡れたものを干してはみるが、乾きそうもない。小屋の温度計は11℃を指していた。食事を食べていると、ヘッドライトがネズミの動くのをとらえた。これは食料をかじられる可能性あり、すべてザックの中にしまう。耳をかじられたらたまらんなとなかなか寝付けない。雨がやめを打ちつける音と、小屋のぎしぎしの音でシュラフ にはいるが結局朝まで熟睡できず。

10月14日
4時には出発の準備をしようと外に出たら、無数の星が輝いており、晴天を約束していた。本来は百間洞まで縦走予定であったが、着替えがなく、登山靴がグショグショなことを考え、縦走は断念し、聖岳ピストンにする。ソックスの外にビニール袋をかけて登山靴を履いてみると、なんとかなった。小屋から木道のある気持ちのよい湿原をこえて、前聖岳の急登が始まる。晴れているのはこんなに体も気持ちも楽なのかとルンルン気分であった。山頂から聖岳が眼前に見える。ここからがザレ場の九十九折となり、茶臼岳やら上河内岳やら見え、山頂に着くと光岳に続き、私一人であった。雲海が素晴らしく、富士山の存在感半端ない。赤石岳も眼前にあり、山頂付近の避難小屋もはっきり見える。北アルプス、中央アルプスなどなど大展望である。風があり寒くなってきたので、15分くらいで下山を開始する。ここで本日初めて二人の登山者にすれ違う。聖平小屋までゆき、腹ごしらえして、下山開始。昨日は余裕がなくて見えていなかった紅葉が美しい。ブナが多いのだろうか、黄色が主体の紅葉であった。沢の渡渉で水量が心配であったが、問題なかった。聖沢登山口に到着し、明日も天気が良い様なので、やはり赤石岳にはいきたいと考え、白樺荘に連絡すると部屋は空いており、また自転車で沼平まで戻る。白樺荘には洗濯機があり、濡れた服を洗うも、部屋干しでこれも完全には乾かず。靴は違う靴を持ってきていたので、スイッチする。温泉で昨日の雨の山行を考え、本日は天国の様であった。夕食のメニューは2日前とは全く違う猪肉のカレーや肉団子、そばが出た。生ビール2杯とともに満足して部屋に戻ると瞬く間に寝てしまい、翌日4時15分まで熟睡できた。

10月15日
また沼平から自転車で赤石岳登山口に。一度走っているので、どこが上りでどこが下りかわかっているので走りやすい。途中一人の自転車登山者を追い抜く。水たまりをなるべく避けながら、前日よりは跳ねが少なく済んだ。赤石岳登山口から九十九折の急登だが登りやすい。大倉尾根沿いをほぼ下りなく登り、最後はしばらくトラバースすると赤石小屋に到着。冬季避難小屋は結構高いところまで梯子で登った2階にある。天井は低いが新しい建物らしく清潔である。床にはござが敷いてあり、三箇所にアクリル板でパーティションがあり、コロナ対策までしてあった。ここに荷物をある程度デポして、赤石小屋本館の前でおにぎりを食べる。ここから赤石岳、聖岳、上河内岳、全部見える。一人の下りの登山者と初めてあう。ここから赤石岳までそれほど危険箇所なく、途中水場があり休憩にちょうど良い。最後のコルから富士見平までは岩場の急登でここは結構しんどい。富士見平は前回撤退した場所、晴れて見晴らしの良い場所で、今回は山の神が許してくれた。そこから赤石岳へ15分くらい。二人の登山者がいて、荒川小屋から小屋の見回りにきているという。60歳と76歳で、今夜は赤石小屋の点検をして泊まるという。避難小屋を使わせてくださいというと、どうぞどうぞと言われた。赤石岳からの富士山は今日も雲海に浮かんでおり、昨日と2日連続で絶景であった。悪沢岳、塩見岳、仙丈ヶ岳、奥には甲斐駒ヶ岳の白い山頂が見える。もちろん北アルプス、そのほか茶臼岳、そして光岳も。山頂は暖かく、30分くらいはじっとしていた。赤石小屋に戻ると、例の二人が私がベンチで一人ウイスキー片手に夕方の景色を眺めていたら、こっちで一緒に遣りませんかと誘われて、赤石小屋本館の中にはいり、なんと昨年小屋を閉めていたので飲まれなかった越冬ビールを2本くれるではないか。1000円少ないですけどと差し出すと、パックに入ったもつ煮やらもご馳走してくれた。76歳は一級建築士で静岡市内で設計事務所をしている人で、なんと聖平小屋はその人が設計していた。芸術大学で絵を描こうとしていたが、何を思ったか独学で設計を勉強し、建築士になったとのこと。25歳まで毎週の様に二人の親友と山に行ったが、本人がいないときに親友の二人が沢登りで滝壺に落ち、亡くなって、他の救助隊とともに滝壺から亡骸を引き揚げて以来、40年以上山に入ることはなかったという。親友のうちに申し訳ない旨通っていたが、奥さんはその親友の妹さんとのことであった。息子さんは弁護士で、その奥さんも弁護士とのことですごい一族であった。60歳は特殊東海フォレストでアルバイトしているひとで、名刺をくれた。この人も実に面白い人生を歩んでいる人で、大学卒業後、トラックの運転をしていたが、それをやめてなんとある山小屋でアルバイトを数年していたと。あそこはランプの宿で代替わりしたんですよねと聞くと、代替わりした息子はまだまだ譲った親に心配をかけているそうだ。自分は息子では一緒に仕事できなかったと。母親の調子が悪くなったので、実家で何か店をやろうと考え、軍歌酒場というかなりマニアックな居酒屋を始めた。軍歌の好きな人、ミリタリーマニア、右寄りのひとなど、神戸まで福島や横浜なんかからも客が来るらしい。そこはコロナで休業していて、山小屋をやりたくで特殊東海フォレストにアルバイトに来て小屋の主人になったが、コロナでやっていないので、他の小屋の点検やら歩荷やら60歳にこんなことやらせるかと辛い仕事が多いらしい。二人は荒川小屋を含め今まで5つの小屋の点検をしてきた。面白い人々であった。ひとり避難小屋に戻り、ネズミもいないところで、近くの小屋には人が寝ている安心感から、比較的ぐっすり眠ることができた。服が濡れていないことだけでも幸福を感じた。

10月16日
朝、雲海の中に朝日に輝く赤石岳、聖岳を見て、最後にいいものを見ることができたと下山を開始。途中雨に降られたが、程なくやんで、登山口近くは、晴れていた。2時間かからず下山。また自転車で沼平まで。もう自転車でここに来ることはないであろう。途中はリニア関係者が道路の舗装工事をしており、なんと静岡市はこの事業をすでに発注しており、川勝知事とは考え方が違うとのことであった。リニアの駅を静岡空港の真下に作り、直上に打ち抜いてエレベーターで空港とつなぐ構想であったが、JR東海の反対によって、知事と喧嘩になっているそうである。

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