<メンバー>たらちゃん ほか1名
<概要>1日目 上高地より南岳小屋 テント泊。2日目 大キレット、涸沢岳、奥穂高岳 穂高岳山荘 テント泊。奥穂高岳、吊尾根、前穂高岳、岳沢、上高地
<天気> 3日間とも晴れ
<コース> 1日目 距離19.9Km 登り1587m 下り127m 時間9時間39分
2日目 距離4.4Km 登り792m 下り852m 時間9時間46分
3日目 距離8.3Km 登り464m 下り1961m 時間6時間59分
上高地バスターミナル 06:00 – 06:07 河童橋 – 06:09 ビジターセンター – 06:14 森のリゾート小梨 – 06:16 小梨平 – 06:59 明神 – 07:04 徳本峠分岐 – 07:54 徳澤園 – 07:57 迂回路分岐 – 08:08 新村橋 – 09:03 横尾山荘 – 09:52 一ノ俣 – 09:59 二ノ俣 – 10:31 槍沢ロッジ – 11:14 ババ平 – 11:46 水俣乗越分岐(大曲) – 12:50 氷河公園分岐 – 13:33 天狗原 – 15:13 氷河公園分岐 – 15:31 南岳 – 15:38 南岳小屋 (1泊)
南岳小屋 04:30 – 06:30 大キレット – 09:09 北穂高小屋 – 09:11 北穂高岳 – 09:22 南稜分岐 – 10:51 最低コル – 11:41 涸沢岳 – 12:01 穂高岳山荘 (1泊)
穂高岳山荘 05:00 – 05:50 奥穂高岳 – 06:02 南稜ノ頭 – 07:19 紀美子平 – 07:56 前穂高岳 – 08:15 紀美子平 – 09:03 カモシカの立場 – 09:41 岳沢小屋 – 10:43 風穴 – 11:13 岳沢登山口 – 11:29 河童橋 – 11:36 上高地バスターミナル
小山を0時30分に出発し、沢渡には4時過ぎに着いて2便目のバスで上高地に到着した。横尾まではご存知の通り長い長い林道歩きで、3日間のテン泊ザックが重く感じた。涸沢に向かうハイカー方が圧倒的に多いのか、槍沢に向かうものはガクッと減り、槍沢からの涼しい風が心地よく程なく槍沢ロッジに到着、しばし行動食を食べて休んだ。ババ平で水を汲めるだけ汲んでザックが一気に重くなり、樹林帯から抜けた途端に日差しが強烈なため汗もひっきりなしで、天狗原までに相当体力を消耗してしまった。一部雪渓があったが、難なく雪上をトラバースしいよいよ南岳までの最後の急登に差し掛かった。一歩一歩がとても重く、高度を50mも上げられず、肩で息をするように休みを何回も入れて心拍数が120台になるまで待った。最近は連れに心配してもらうことが多く、体力の衰えは著しい。ザックの選択を誤ってULザックにしたために、腰荷重ができず肩の食い込みが酷いので、両手でザックをおんぶするように持って肩の痛みを軽減させねばならなかった。少々重くとも、教科書通りに腰荷重ができるザックにすれば良かった。南岳登頂した時には息も絶え絶えで、山名板もあっさりしたもので写真数枚撮っただけで、南岳小屋に向かった。テント場はまだまだ空きがあったが、平なところは少なく、我々もやや傾いた場所を選ばざるを得なかった。夕食にはたまたま空いていたテーブルを利用して、仙台の牛タンを連れに持って上がったので網焼きで焼いたのだが、牛タンの滴る油が跳ねてそれに引火し、風があると飛んできて私の着ていた雨具についた時には穴が空いたかとヒヤリとしたが幸い穴はなかった。主食は連れの残っていたおにぎりとモンベルの旨辛ビビンバリゾット、美味しかったが風が強く寒くなってきたので早々にテントに戻った。夜中マットが下にずれることになり、熟睡どころかあまり寝ていない状態で朝を迎えた。轟轟と風の唸りが夜中聞こえて、大キレットが危ぶまれたが、少々弱まってきたので3時に起床し準備して、4時30分くらいにテント撤収し大キレットに向かって下り始めた。すれ違いのハイカーはほとんどいないのは幸いだった。最低鞍部、長谷川ピークまではそれほど危険とは思わず、北穂高小屋に到着した。テラスは満席でコーヒータイムを満喫しているようだった。テラスからは山々が一望でき、人気の理由もわかった。テーブルを譲ってくれたソロの女性が「どこからきたんですか」と聞いてきたので「南岳小屋です」と答えると「一緒ですね、私はこれから岳沢から上高地におります」というので「ええー、マジですか」とすごい女性もいたもんだと驚いた。我々は少し休んで北穂高岳山頂に到着。写真を撮っている3人組の若い男性達が、山名板の棒を穴から引き抜けるので引いて肩にかついで写真を撮るのだが、文字が見えないだとか色々で時間かかりまくっているので、いい加減にしてくれと思ったがなんとか堪えて我々は数枚写真を撮って先に進んだ。ここからの下りと奥壁バンドあたりのトラバースが一番個人的には危ないところかなとは思ったが、晴れていたし、岩がしっかりしていたので、予想より早く通過し涸沢岳に到着した。少し前の斜面では、今年初めて、例年見ない数の雛を連れた雷鳥親子にご対面できた。雛は5羽以上いたと思われ、そのうちの一羽は遠く離れていて、こういう子供もいるよなあと話しながら写真を撮った。穂高岳山荘の赤い屋根が見えてきて、まだテントがあまりないことで安堵した。昨日南岳小屋では槍ヶ岳山荘のテント場で断られたハイカー達が南岳まで行ってくれと言われたらしく、それなりの人数が夕方テント場を探していたのを見ていたからだった。10時過ぎにはテントをヘリポート脇に張って、しばらく休憩した。こんなに高所でも太陽はジリジリと照り付け、ヘリポートにシートを置いて寝そべっても暑くて寝ていられない。奥穂高岳に登ってゆく大勢のハイカーがいて、かなりの頻度で落石が起こり、「ああー」とか「うわー」とか声が聞こえてくる。「とても今登る気がしないなあ」とお互い落石の危険がなくなるまで待とうということになった。13時過ぎにややハイカーの数が少なくなったかと思い行ってみると、なんと登山靴に⭕️⭕️⭕️ツーリズムと会社名の入ったシールを貼った軍団が我々の真ん前にいて、これを仕切る「先生」と呼ばれる太ったお爺さんが登りや下りの人に大声で指図して仕切っており、なんじゃこれはと仕方なくついて行くような形で登頂。写真撮影にメチャクチャ時間がかかってきておまけにガスって奥社しか見えないような感じで、私自身はそこで写真を撮ることに興醒めした。連れの写真は撮ったが、私のはいいよととらずに早々に下り渋滞を回避した。山荘の前の広場では若いもの、年老いたもの、各々大宴会をしていたり騒いだり活気があった。私たちのテントの周辺には大阪弁を喋っている東京の会社から来たというジャンダルムを越えてきた若者達、やはり大阪弁の小学生くらいの女子を連れた2組のママさん(合計子供は4名)がいて、よくこんな小さな子供達連れてきたなと感心もしたが、「やっほー」とか色々大声で騒いでいるので、これは夜はいやだなあと思った。我々の横のほんの少ない隙間にに17時頃来た若者は、なんとモンベルのテントとシュラフ、サーマレストマット、袋から出してもいない状態で持参して、その場で説明書を読みながらテント張ろうとしており声をかけて手伝った。他の親切な方が手伝って、若者はなんとか張れたのだった。「ありがとうございました」とは言われたものの、初めてのテント泊が穂高岳山荘で、試し張りもしていないのはと一言言いたくなった。夜はコンビーフと半熟卵をsmall twist シリーズのキーマリッチというドライカレーに混ぜて食べた。さらに小屋で500mlの缶ビール1本、350mlの氷結2本を買って飲んだ。テントから小屋まで少しの登り下りが足にきて、息切れもした。夜はこの日も熟睡できなかった。3日目朝も3時に準備を開始した。周りのテントはもっと早い時間に撤収しており、真っ暗の中行動をしていた。朝の奥穂高岳は人もそれほどいない上に、完全に晴れ渡り、素晴らしい眺めとなった。吊尾根を下り始めるとなんとテント場が近くの小学生連れに先行されており、少し待ってようやく長い鎖の前で先に行かせてもらえた。トラバースには気を遣う場所もあったが難なく切り抜け、紀美子平に到着しザックをデポして前穂高岳アタックを開始した。大きなステップの岩場が多く息切れしながらようやく山頂到着。広い山頂であり乗鞍岳、御嶽山などの飛騨方面、常念岳などの信州方面両方素晴らしい展望であった。紀美子平に先ほどの子供連れ軍団が前穂高岳は登らずに我々の前を下りていて、時間がかかっており、後ろもつかえはじめた。さらにお母さんの一人が子供よりもおっかなびっくり鎖で下りていて、途中ボトルを落としてしかも蓋が閉まっていないので水が全部出てしまったらしく、子供の一人が拾いに行って「空になってるよ」と下から叫んで、お母さんはなぜか下るスピードを遅くした。先に抜いてくださいと我々に言っが、「子供と一緒にいてください」と先行してもらった。次の少し広いところでようやく我々を先に行かせてくれた。岳沢小屋まではものすごい激下りで、子供が下る時間はそりゃかかるだろうよと思った。我々も大腿など筋肉痛でヤバかったので怪我をしないように集中した。岳沢小屋では77歳の女性が「記念写真を撮ってくださいな」と声掛けしてきたので、応じた。喜寿でも山を登れるのは素晴らしい。トイレが非常に綺麗な小屋で、冷えたCCレモン400円で飲んで河童橋を目指して下った。上河内に近づくと、ものすごい数の観光客(インバウンドもめちゃ多い)が梓川付近を散策しており、急いで我々は沢渡行きのバスの列に並んだ(ものすごい数の客がバスを待つ列を形成していた)。11時45分頃並び始め、12時15分の便に乗り沢渡到着。松本市街中の入浴施設でお風呂と食事をして、上信越道で渋滞もあったが19時頃小山に到着した。充実した山行ではあったが、あまりに疲労しており、もう2度とこの縦走はしないだろうと思った。






















